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名古屋高等裁判所 昭和45年(う)141号 判決 1970年6月16日

被告人 石原進

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人辻巻真名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここに、これを引用する。

論旨第一点(事実誤認)について。

所論の要旨は、本件につき被告人に過失はなく、仮に過失があつたとしても、被害者の傷害との間には相当因果関係がない、というのである。

所論にかんがみ、本件記録を調査のうえ検討するに、原判決の挙げている各証拠を総合考察すると、本件事故発生に至る経過として、次のとおり事実を認定することができる。すなわち、

一、 被告人は、昭和四四年四月二日午前九時一五分ころ、軽四輪貨物自動車を運転北進して、名古屋市北区志賀南通二丁目一番地先の信号機の設置されている十字路交差点にさしかかり、同交差点で左折するため、左折の合図をしたうえ、道路の左側に寄りながら、同交差点に接近中、対面信号が赤色を表示したので、信号待ちのため、同交差点南側横断歩道手前の停止線付近で、左折の合図を継続しながら一時停止した。その際、被告人の車の左側面と道路(車道)左側端との間隔は、約五〇センチメートル、左側歩道との間隔は、その間に設けられている幅約五〇センチメートルの側溝部分(コンクリートで蓋がされており、ゆるやかな傾斜がつけられているが、その上を車両等が通行することは不可能ではない。)を加えて約一メートルであつた。そして、信号が青になるや、格別左後方の安全を確認する措置をとることなく、前記停止位置から発進し、時速八キロメートル位で左折を開始したところ、後方から北進してきて、被告人車の左側を追い抜いて直進しようとした被害者運転の原動機付自転車の前輪が自車の左後側部に接触したため、本件事故の発生をみるに至つた。

二、 他方、本件被害者浅井[金利]博は、原動機付自転車を運転北進して、被告人車より大分遅れて本件交差点にさしかかつたが、おりから赤信号のため、右交差点入口付近に、被告人車を先頭として数台の先行車が連続して一時停止していて、右車の列と左側歩道との間には一メートル位の間隔しかなかつたにもかかわらず、その間をすり抜けて前進しようと考え、これに気を奪われて被告人車の左折の合図を見落したまま、その左後方に接近中、信号が青になつたので、そのまま直進して同交差点に進入したところ、被告人車が左折してきたため、これと接触するに至つた。

以上のとおり認定することができる。もつとも、被害者浅井[金利]博は、原審証人として、被告人車は左折の合図をしていなかつたとか、青信号になる直前、自車は、被告人車の左側方に並ぶ位置まで進出していたなどと、右認定に反する供述をしているが(原審第二回公判調書中証人浅井[金利]博の供述部分及び同証人に対する原審の尋問調書)、右供述は、その余の各証拠と対比して信用することができないことが明らかであり、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そこで、以上に認定した事実関係を基礎にして、本件事故について、被告人に原判示のごとき業務上の注意義務懈怠の過失責任を負わせるべきものであるかどうかについて考察する。道路交通法は、本件被告人車のように、交差点等で左折しようとする車両の運転者に対し、左折の合図をすること及びあらかじめその前からできる限り道路の左側に寄り、かつ、徐行することを要求している(道交法三四条一項、五三条、同法施行令二一条)。これは、直進しようとする後続車両がその右側を追い抜けるようにするとともに、できる限りその左側に車両が入りこんでくる余地をなくしておくことにより、円滑に左折できるようにするためであると思われる。したがつて、左折しようとする車両が十分に道路の左側に寄らないため、他の車両が自己の車両と道路左端との中間に入り込むおそれがある場合には、前示道路交通法所定の注意義務のほか、さらに左後方の安全を確認すべき注意義務があるが、十分に道路左端に寄り、通常自車の左側に車両が入りこむ余地がないと考えられるような場合には、あえて左後方の安全を確認すべき注意義務があるものとは解せられない。これを本件についてみるに、前段認定の事実関係に徴すれば、被告人車が本件交差点の手前で、赤信号によつて一時停止した際における同車の左側面と道路左側端との間隔は、わずかに約五〇センチメートル、側溝部分を含めても約一メートルしかなかつたことが明らかであるから、被告人車は、十分に道路の左側に寄つたものということができる。もつとも、前記側溝部分は、本来道路ではないが、車両の通行は不可能でないことは前示のとおりであるから、被告人車と左側歩道との間には約一メートルの余裕があり、原動機付自転車等の二輪車がそのせまい間隔に入りこんでくるおそれが全くないとはいえない。しかし、原動機付自転車等といつても、若干の幅があり(本件被害車の幅は、原審検証調書によると、六八センチメートルであつて、被告人車の左側面と道路左側端との間隔約五〇センチメートルを約一八センチも越えていることが明らかである。)右のようなせまい間隔をすり抜けて前方に進出することのきわめて危険であることは自明の理である。したがつて、右のようなせまい間隔に入りこんでくるような原動機付自転車等があることは、通常考えられないところであるというべきであり、時に本件被害者のように、右の危険をあえておかす者があるとしても、そのことの故に、本件被告人車が十分道路左端に寄らなかつたということはできない。(かような危険をあえておかす者は、自己の責任において、右側の車両の動静に細心の注意を払い、左折の合図を見落さないように務め、最大限徐行するなどして、万一にも接触事故を起こさないよう、万全の注意をなすべき注意義務があるものというべく、少しでもこの義務を怠り事故をひき起こしたような場合には、その責任を一身に負うものと知るべきであろう。)

かようにみてくると、被告人は、左折に際し、自車を十分に道路左端に寄せたものということができるから、前説示したところから明らかなように、本件被害者のごとく、自車と左側歩道との間に存するせまい間隔をすり抜け、しかも自車の左折の合図にも気付かないで暴進してくる後続車両のあり得ることまで予想して、左後方の安全を確認するまでの義務があるとは解せられない。

本件左折に際し、被告人が左折の合図をしたこと及びあらかじめ自車をできる限り道路の左側に寄せたうえ、赤信号で一時停止したこと、信号が青に変わるのを待つて、徐行しながら左折を開始したことは、いずれも、前段認定の事実関係に徴して明白であるから、被告人は、道路交通法所定の左折に際しての注意義務を尽くしているものというべきである。そして、被告人に左後方の安全確認義務があるものとは解せられないこと前示のとおりである本件においては、右道路交通法所定の注意義務を悉く履行することにより、被告人は、本件交差点での左折に際しての注意義務を尽くしているものということができる。

そうすると、原判決が被告人に左折に際しての注意義務、ことに左後方の安全確認義務を怠つた過失があるとして、本件事故について被告人の業務上過失責任を肯認したのは、事実を誤認し、ひいて法令の適用を誤つたものというのほかなく、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由がある。

よつて、論旨第一点中のその余の部分及び論旨第二点(量刑不当)に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三八二条、三八〇条に則り、原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従い、さらに判決する。

本件公訴事実の要旨は、原判決摘示の罪となるべき事実と同一であるから、ここに、これを引用するが、右事実については被告人の過失責任を肯認するに足る証拠がなく、結局犯罪の証明がないことに帰するから、刑訴法四〇四条、三三六条に則り、無罪の言渡しをすることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

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